精神科領域におけるトラウマインフォームドケアを考える

トラウマインフォームドケア(Trauma Informed Care)とは、「トラウマ理解に基づいた支援」を指す。トラウマは、医学的には米国精神医学会の診断基準DSMで記載されているPTSDのA項目「実際にまたは危うく死ぬ、重症を負う、性的暴力を受ける出来事への曝露」のように限定的に捉えられているが、様々な分野でトラウマの定義がされており、SAMHSA(米国薬物乱用精神保健管理局)はそれらを総括して「出来事(Event)や状況の組み合わせの結果として生じ、それは身体的または感情的に有害であるか、または生命を脅かすものとして体験(Experience)され、個人の機能的および精神的、身体的、社会的、感情的またはスピリチュアルな幸福に、長期的な悪影響(Effect)を与えるもの」としている。トラウマインフォームドの視点におけるトラウマは、医学的なトラウマの定義より広義の意味をもっていると考えられている。
精神障害者とトラウマについての研究は海外では多くあり、特に成育歴におけるACEs(逆境的小児期体験※)が精神障害の発症リスクを高めることが広く知られている。我が国の精神障害者についても、精神科外来通院中の患者1011人を調べると61%にACEsが、88%が一つ以上のトラウマティックな出来事に遭遇していることが学会報告されたところである。加えて、強制力のある医療も、強いトラウマになることが明らかになっている。
アメリカ合衆国では2018年にTICに関する決議(H.Res.443-Recognizing the importance and effectiveness of trauma-informed care. 2018.2.26)が通過し、州レベルでトラウマインフォームドな方法の定義や明確化、TICの枠組みの方針や実践、関わるスタッフの意識の改善に向けての検討が行われてきている。我が国においても、日本精神科救急学会が、2015年に精神障害を有する方への危機介入時の対応にTIC の概念を取り入れることで、当事者と医療者との治療関係や予後の改善の効果が期待されることを精神科救急医療ガイドラインに明記するなど、徐々にTICの視点が社会の中で共有されるようになってきている。
私たちは、従来からの精神科医療の在り方を今一度振り返り、人権に配慮した安心・安全な関わり方が如何なるものかを考えてみる必要がありそうだ。筆者らも、このTICをどう理解し伝えていくかについての研究(※※)に取り組んでいる途上にあり、一人でも多くの精神医療関係者から、TICに関するご意見をお寄せいただきたいと願っている。

※心理的虐待、身体的虐待、性的虐待、母親への暴力(DV)、家族の精神疾患、家族の物質乱用、家族の収監、ひとり親/両親の不在(離婚)、身体的ネグレクト、情緒的ネグレクトの10項目を指す。その合計点が多いほど、様々な身体的、心理・社会的な問題、リスク行動が生じることが分かっている。
※※西大輔:厚生労働科学研究費補助金(障害者政策総合研究事業)「精神保健医療福祉施設におけるトラウマ(心的外傷)への対応の実態把握と指針開発のための研究」
大岡由佳:戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」研究開発領域「トラウマへの気づきを高める“人‐地域‐社会”によるケアシステムの構築」。

武庫川女子大学文学部心理・社会福祉学科 大岡由佳
東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野 西 大輔

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