SDGsの理念と精神保健医療福祉のアーカイブズ

2015年9月、国連サミットにおいて加盟国が全会一致で採択した「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)」では、その中心的な理念として「誰一人取り残さない(leave no one behind)」社会を目指すことが掲げられている。この高邁な理念は、現在生きている人のみに限定される必然性はない。尊厳を奪われ、過去の中に忘却されてきた人々は大勢いる。呉秀三が「この邦に生まれたるの不幸」と書いたのはまさにそうした精神障害者の人々の姿についてであろう。であれば、精神障害者に関わる歴史資料(アーカイブズ)は、忘れられた存在として世を去った病者、あるいは人知れず病者に尽くそうとした人々に再び光を当て、歴史の中に取り戻すための断片ともいえよう。
しかしながら、日本では精神保健医療福祉に関わって日々作成される資料や文書類(アーカイブズ)は、その他の医療・ヘルスケアに関わる資料と同様、公文書館への移管は原則されず、資料館などで体系的に残されていく仕組みもない。資料は作成元の医療機関や関連団体、地方自治体の個別判断で残されたり廃棄されるのが慣例で、実際には多くが廃棄されている。これは例えば、イギリスが病院関係資料を診療録も含めて150年以上にわたって公文書館に気が遠くなるほどの分量を移管して秩序だって保存し続けていること、あるいは英ウェルカム図書館が250万点を超える医学史関係資料の所蔵をしていることなどに鑑みると、わが国の資料保存や公開の体制の貧弱さが分かるであろう。
筆者は、これまで日本の精神医療供給がなぜ現在あるような姿になったかということについて政策史的・医療社会学的研究を行ってきたが、この過程で日本の医療・ヘルスケアに関わるアーカイブズがごく脆弱であるという問題に気づき、関連の活動や研究をするに至っている(近く「医療・ヘルスケア政策データアーカイブ」https://jmhp-data-archive.com/を立ち上げ予定)。
このような観点からすると、全国精神保健福祉連絡協議会の活動に関わる資料もまさにアーカイブとして残されるべき対象であり、方途として資料の電子化は比較的低予算で実践できる措置である。現在、協議会のHPには『会報』が第53号(2008年)より掲載されているが、今後、過去に刊行された全『会報』や各地域の関連資料のアップロードをはじめ、部分的に分散して残されているだろう資料の保存と公開が行われることが望ましい。資料が「アーカイブズ」として明確な位置を与えられれば、協議会が、歴史の中に埋もれた病者とあらゆる関係者の活動に敬意を払い、SDGsの「誰一人取り残さない」理念と共振している証ともなるだろう。

立命館大学大学院先端総合学術研究科
後藤基行

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