トラウマを負ったコミュティーにアートができること

差別や偏見は人を社会から排除する。社会からの排除は、精神疾患をひき起こし、自死に結びつく可能性がある。外因死の予防には、社会が多様性を尊重することが求められる。
2017年12月2日から17日までミューザ川崎シンフォニーホールで「アートとトークによる多様性尊重の社会づくり展」が開催された。オーストラリア・メルボルンからは精神科医のオイゲン・コウ氏が来日。2002年から13年まで館長を務めたダックス・センターにおける活動、トラウマを負ったアボリジのニコミュニティをアートによってどのように修復していくかといったお話を伺った。
インタビューと講演録(抜粋)により、氏の言葉を紹介する。

話し手 オイゲン・コウ(精神科医/ダックス・センター元館長)
聞き手・まとめ 杉山春(ルポライター)

スティグマの3つの背景

精神疾患に対するスティグマ(負の烙印)を社会から取り除くにはどうしたらいいかということを考える前に、スティグマとは何か、お話ししましょう。スティグマには3つの背景があります。
1つ目は恐れです。精神疾患を抱えている人の言動は一般の人と比べ、予測できにくい場合があります。自分が普通だと思っているものとは違うものに対して、私たちは恐怖を持ちます。子どもを喜ばせるためにと、町でだれかがピエロの格好をしていても、ピエロを見たことがない子どもたちは恐怖を覚えると思います。そして、ピエロが笑ってくれたり、母親が説明してくれると、少しずつ近寄ってピエロに触ったりして、楽しませてくれることがわかるようになります。
人は自分と異なる存在、つまり人種、民族の違い、肌の色、階層差。それだけで恐れを持つと思います。
2つ目は偏見です。自分はよい、他は劣っているという見方です。精神疾患を経験した人は弱く、その場に順応していないように見えるので、偏見が生まれやすい。成功している人が多い社会では、少しでもマイナス要素のある人 、弱者への偏見が強いです。成功者が多い都会のほうが田舎よりも偏見 は強いと思います。その証拠に、都会にホームレスは多い。
一般に人には、成功している人から見下げられていると感じる一方で、自分よりも弱い存在を偏見から見下げることはないでしょうか。
3つ目は恥です。恥の背後には期待があります。その文化が人にどんな言動を期待するのかということです。男性には一定の収入があるのが当たり前とされている社会では、その収入に届かない人は恥を感じます。西洋社会では女性や子どもは感情的な存在だと考えられています。ですから公の場で女性や子どもが感情的になることは恥ではありません。しかし、男性が感情的になると恥を感じます。
そのように偏見が生まれ、他者から恐れられるようになったり、本人が恥を感じたりするようになります。
ところで、恐れについて一つ強調しておきたいことがあります。無知から恐れが生まれるということです。幼い子どもはピエロを知らないから恐れる。しかし、それが何かを知れば知るほど、恐れはなくなります。

精神疾患を伝えるためのアート展の力

スティグマが生まれる原因がわかれば、どのように対処すればいいのかがわかります。市民に対する教育はスティグマを減少させるのに有用だと思います。
しかし単純に精神疾患についての知識を伝えても役に立ちません。さまざまな研究で判明していることですが、精神保健分野で働く人たちはしばしば、強いスティグマを感じがちです。
なぜだかわかりますか。
精神疾患を持っている人たちの病気だけをみて、その人を見ないからです。精神疾患を持つ人が思いがけない行動をすると、怖いと思ってしまう。人は恐怖心があるとき、それ以上学ぶとはできません。同時に疾患を抱える人も、無力だと判断され、烙印を押されていると感じ、恥を感じ、自身を閉じてしまいます。
精神疾患を抱える人へのスティグマを減ずるには、市民が安全だと感じる必要があります。また、市民がこれ以上理解できないと感じた時には、恥だと感じることなく立ち去ることができる必要もあります。もちろんその場が面白く、興味を引くものであることも求められます。また、その疾患を抱える人を人間として充分に理解できることも求められます。
アート展はその条件を満たすものです。市民の関心を高め、魅力を伝え、感情移入を容易にします。

人として理解するために

私は、オーストラリアのメルボルンにあるダックス・センターで、2002年から13年まで館長を務めました(ダックス・センターは、精神疾患、または情緒的なトラウマを経験した人たちの作品を収蔵するアートセンター。ドイツ・ハイデルベルクのプリンツホルン・コレクションとスイス・ローザンヌにあるアールブリュット・コレクションと並ぶ、3大コレクションの一つに位置付けられる)。
当時、来場者約1万人にアンケート調査を行いましたが、70~80パーセントの人たちが、精神疾患を少し理解できるようになったと答えました。また、80~90パーセントが、精神疾患を経験した人の全体像がわかるといい、精神疾患を経験した人に感情移入できると答えた人も少なくありませんでした。来場者の精神疾患への見方は肯定的なものに変わりました。
一方で、展覧会のもつ危険性もあります。精神疾患を劇場化してしまう、ロマンチックなものにしまうという危険性です。そうなると、精神疾患を経験した人への感情移入ができなくなります。
来場者には、自分も同じような体験があるとか、その人の体験を理解できるといった思いをもって、帰って欲しいのです。さらに、精神疾患を経験した人たちが、豊かな創造性を持っていることを感じて欲しいと思っています。
つまり、展覧会では3つのことが可能です。1つ目は無知から生まれる恐怖を払拭できる。2つ目は精神疾患を経験している人たちの持つ能力に気づくことで、偏見を減少させることができる。3つ目にアーティストに自信を与えます。

アートとしての観点と疾患を持つという観点

ところで、精神疾患を抱えた人のアート展には、大きく2つのアプローチがあります。
過去、こうした作品は、病院で制作され、精神科医が扱い、診察や診断に利用しました。レントゲンが体の中を見るように、アート作品はその人の心の中を映し出すからです。これはドイツ・ハイデルベルグにあるプリンツホルン・コレクションのアートの扱い方です。
もう一つは、作品を症状や疾患としてみるのではなく、アートとして見る視点です。見る側がアーティストであったり、アートに関心のある人であったりします。スイスのアールブリュット・コレクションは、精神疾患を持つ人たちの作品をアウトサイダーアートと見る、こちらの見方です。
そして3つ目が、メルボルンのダックス・センターの見方で、アートとしての観点と、疾患を経験しているという点の両方に注目します。これはマルチディメンションアプローチといいます。一つのものを容器としての側面とカップとしての機能から評価するというようなものです。
私はアートを広く定義しています。美的な側面だけではなく、作品が作られる過程、作品を見るという体験そのものもアートに含みます。
作品にはその人の経験が現れます。精神疾患を経験した人たちは、非常に大きな苦痛を体験していることを理解する必要があります。また、彼らの苦しみを理解することは、見る者自身の苦しみを理解することでもあります。
ダックス・センターでは、作品の寄贈に当たって必ず面接をして、その人自身のこと、絵が描かれたときに何を体験していたかを聞きます。絵を解釈するには情報があればあるほどうまくいきます。
作品は、敬意を持って保管し、展示します。それまで自分の作品が壁に打ち付けられた釘にぶら下げて展示されることに慣れていた作者は、高水準の環境で展示されている自作を見て強い感動を示します。敬意をもって作品を扱うことは、作者に敬意をはらうことです。

トラウマ体験とアート

ダックス・センターは、1946年、エリック・カニングハム・ダックス博士によって始められた精神病院で作られたアート作品のコレクションから始まります。
私は館長時代、2年かけて、性的虐待というトラウマを経験した人たちのアート作品、250点を集めました。
子ども時代に性的虐待を経験した人たちは、自己同一性、自信、社会への信頼を失い、薬物・アルコールなどの依存症や不安症になることがあります。苦痛が大きすぎて、体験そのものを思い出せない場合もあります。
トラウマ体験は、それを経験した人を非人間化します。現実に直面できなくなります。あまりにも痛みが強いので、思い出すだけで恥を感じるのです。その時、心と頭は客観的に考えることができません。自分が何を感じているか捉えられず、他者と共有できません。また、記憶が戻り、そうしたことを家族や地域で話したいと思っても、家族や地域社会はその話題を恥に思い、話したがりません。
個人もコミュニティもトラウマを前に目を閉じて立ちすくんでしまう。記憶は断片化され、客観的に考える力が失われます。

世代をこえたトラウマを癒す

メルボルンには第二次世界大戦で起きたホロコーストのサバイバーが多く暮らしています。彼らが、無意識のうちにトラウマを体験した土地を離れて遠くに行こうとしたからです。
私たちはサバイバーとその子孫に絵を描いてもらう取り組みをしました。サバイバーは70代から80代。その子ども世代が30代から40代。サバイバーである親たちは何が起きたかを描きましたが、感情が抜け落ちた絵でした。次世代は感情的、情緒的に描きました。二つの世代の絵が全く違うことに観客は驚きました。
ホロコーストの10年後に生まれた子どもは、シャワー室で怖がっている自分自身の姿を描きました。(シャワー室は大量にユダヤ人を殺害するガス室として使われ)、両親は意識的に、子どもたちにその話題は避けていたのですが、子どもは親世代の体験を描いたのです。そのようにトラウマは次世代に伝わるのです。
実はホロコーストは、トラウマの中でもよく研究されてきたテーマです。ヨーロッパでもメルボルンでも精神医学の研究者にユダヤ人は多く、自分たちの民族に起きたことを研究してきたからです。
大きなトラウマはそれを体験したグループ、コミュニティ、地域社会に影響を及ぼし、次世代にも強い影響を与えることがわかっています。トランスジェネレーショントラウマ、世代を超えたトラウマと呼ばれています。
トラウマを経験すると、人々は、家族やコミュニティに引きこもってしまいます。精神保健の予防プログラムで重要なことは、コミュニティで恐れを分け合い、皆が一緒に恥を克服することです。
このときアートは重要な役割を果たします。絵を描くことで、子どもや大人、家族、コミュニティ全体が一緒になれる。コミュニティに共通の場を作ることができるのです。アートが作り出す空間をトランジショナルスペースといいます。この空間を利用して、時間をかけて自分のことを少しずつ話すことができるようになる。やがてそれを他の人と共有できるようになり、それがコミュニティ全体に広がっていきます。世代を越えて体験を共有できるようになるのです。

移動展覧会の力

ダックス・センターは、5年間で20カ所の農村地域を移動し、10万人の観客を集めました。
オーストラリアでは、農村地域のメンタルヘルスに大きな課題があります。失業率が高く、干ばつが起きれば農産物がとれません。さらに、そうした地域にはメンタルヘルスサービスが少ないのです。そんな背景もあり男性の農業従事者の自殺率は非常に高いのです。
私たちはある地域を訪れる時には、あらかじめそこの病院やメンタルヘルスのサービスに連絡を取り、作品を展示しました。
移動展覧会には、普段は美術展には行かない人たちも来場しました。学校関係者や地域のさまざまな組織の人たちが出かけて来ます。そこで見てきたことを学校や地域や家庭で話します。展覧会場にはスティグマがないからです。来場者は地域住民の30パーセントでも、50パーセント以上の人たちがそれを話題にすることになります。

アボリジニとスティグマの歴史

私は、ダックス・センターを退職後、臨床医として、児童虐待を体験した人たちと面談し、治療をしています。週末にはオーストラリア中央部の荒野に住む、アボリジニのトラウマ体験者に関わっています。
オーストラリアに住む、アボリジニもまた深いスティグマの歴史を抱えています。アボリジニの文化は世界で最も古いものです。1788年にイギリス人が入植した当時のアボリジニの人口は31万8000人とも、100万人ともいわれています。250の種族と300の言語グループがありました。移動型の狩猟採集民族で、明確な社会構造、文化構造、規範がありました。
現在も人口は変わりませんが、種族はゼロ、言語グループは200まで減っています。75パーセントが都市に、25パーセントが遠隔地の荒野に住んでいます。オーストラリアの一般の人たちに比べ、平均余命は10年少なく、自殺率は3倍高い。地域によっては10倍から20倍高くなります。
アボリジニのトラウマとは、200年間に及ぶ植民地支配を受けたことです。狩猟採集民であるため個人所有の土地がなく、武器を持ちませんでした。そこに白人が入植し、牧草地にしました。アボリジニの人たちは土地を奪われ、反抗すると銃殺されました。
アボリジニは精霊信仰をもち、岩や川床が先祖からの聖地です。しかし、土地を奪われると、聖地に近づけなくなる。その土地と関連づけて自分自身のアイデンティティを語ることができなくなりました。
もう一つの問題は、白人から見ると、アボリジニが子どもを適切に養育していないように見えたことです。政府は子どもたちを家族から引き離し、白人の養子にしました。そうしたことは100年間、1970年代まで行われていました。一人一人が自分自身のアイデンティティを確認できなくなりました。
アボリジニにとって、アートはコミュニケーションや宗教的儀式に利用するものでした。白人社会はそのアートに美を見出し、世界に向けて商業的に売りました。アボリジニのアーティストは誘拐され、閉じ込められて絵を描くことを強要され、それを拒否すると、飲食させないということも起こりました。

コミュニティの人々が絵を描く

私はここ7年ほど、繰り返し大陸中央部にある、あるアボリジニのコミュニティを訪ねてきました。日本全体の3倍はある広大な美しい場所で、すでに30回ほどになります。あるコミュニテイは人口300ほどですが、成人男性の3分の1が犯罪により実刑を受けています。女性の90パーセントが家庭内暴力の犠牲者です。希望の持てないコミュニティです。
7年前にこのコミュニティと出合った時、リーダーは、「精神分析的療法はどのように私たちを助けることができるのか」と尋ねました。トラウマは口にするにはあまりにも恥ずかしいということでした。それでは、それを話せるようにアートを使って手助けしましょうと伝えました。するとリーダーは、金儲けのための(決まった)絵以外は描けないと言いました。それでホロコーストの体験者は、絵を描くことによって、自分たちのトラウマを理解したことを伝えました。アートを通して、体験したことを体験していない世代に伝えることができると話しました。
やがてその地域では祖母世代が絵を描き始めました。非常に悲しい体験が描かれていました。それを見て、子ども世代、孫世代も自分たちの気持ちを知って欲しいと、絵を描き始めました。コミュニティ全体が絵を描き始め、それぞれが胸にしまっている物語を共有することができました。
深刻なトラウマを体験したコミュニティには、しばしば精神保健サービスを提供する人たちは近づけません。アートはそのようにしてコミュニティの痛みを外に出し、共有することができるのです。主流から外された人たちのことはあまり理解されません。社会に関連のない人たちという視点があるからです。

分断された社会を越えて

私たちは今、分断された社会に生きています。貧富の差。技術力の有無。文化の差などです。
伝統的な文化や価値観で暮らしている高齢者は、次々新しい技術を受け入れる若い世代から分断されています。同じ社会でも異なる産業で生活している人同士が分断されています。
私たちは痛みを感じるときに孤立します。隠れようとしてしまう。悲しみは自分の胸の中だけに閉じ込めようとします。
地域社会がこうした人たちを人間以下として扱い、その人生の物語を無視するのであれば、結果的に病院や地域社会が人間性を失ってしまうと思います。
アートは自分自身や人生の経験の表現です。アートは作品を作った人だけでなく、家族、コミュニティ、施設に大きな影響を与えるのです。

Eugen Koh(オイゲン・コウ)
オーストラリア・メルボルンにあるセントビンセント病院でコンサルタント精神科医を務める一方、パーソナリティ障害を抱える人たちの示す自傷・自殺・暴力といった問題行動についてコミュニティケアの推進に取り組んできた。また、ダックス・センターとCASSE(Creating a Safe Supportive Environment)のセンター長としてアートを通したメンタルヘルスの啓発などに取り組んだ経験をもつ。

まとめ: 杉山 春
雑誌編集者を経て、フリーのルポライター。著書に、『ルポ 虐待 大阪二児置き去り死事件』『家族幻想 ひきこもりから問う』(いずれもちくま新書)、『ネグレクト』(小学館、第11回小学館ノンフィクション大賞受賞)等がある。8月に『自死は、向き合える 遺族を支える、社会で防ぐ』(岩波ブックレット)を出版。

このコラムは平成28-29年度厚生労働科学研究費補助金障害者政策総合研究事業「外因死の背景要因とその遺族への心のケアに関する研究」によって作成したサイトに掲載されていたものです。研究代表者、著者の同意を得て、このサイトに掲載しております。

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