オーストラリアで開催された自死遺族支援のためのカンファレンスに参加して
「自死遺族支援」をテーマにした第5回オーストラリア・ポストベンション・カンファレンスが開催され、日本からの参加者に同行したレポート。
杉山春(ルポライター)
国内外からの参加
2017年3月23日から25日まで、オーストラリア、シドニーにある、ニューサウスウエルズ大学で、第5回オーストラリア・ポストベンション・カンファレンスが開催された。「自死遺族支援」をテーマにしたカンファレンスだ。自死予防学会の分科会として遺族支援を取り上げる例はあるが、自死遺族支援そのものを目的にするのは世界的に珍しい。
主催したのはNPO団体の全国自死遺族協会(National Association for The Bereaved by Suicide ) 。代表のアラン・スタインズ氏は30年以上前に自死遺族支援を始めた。オーストラリアでは自死遺族の自殺率は一般人の約7倍。自死予防に自死遺族支援が欠かせない。だが、当時は全く無視されていたという。
今回は180名ほどの参加者があり、そのうちの160名が自死遺族。 20名が研究者・支援者だ。ただし、遺族が専門家として活動している場合もある。
オーストラリア全土のほか、アメリカ、ニュージーランド、香港などから集まった。日本からは初めて全国自死遺族連絡会代表の田中幸子さん、それぞれ自死遺族の自助グループを運営する鈴木愛子さん、前島常郎さんらが参加した。筆者も同行した。
遺族の声を聴きあいながら
初日は自助グループ運営のためのワークショップに参加した。30名ほどが4つのテーブルに分かれて座る。9割以上が女性だ。ファシリテーターはシドニーやメルボルンで自死遺族支援に携わる心理職の女性3人だ。
司会者が会の開き方を尋ねると、テーブルごとに話し合い、その後全体に発表する。直後の8週間をワンクルーに開催している人がいる。会場にろうそくを灯し、思いを分かち合うという人がいる。開催方法を教えるというよりも、自助グループの活動を分かち合うのが目的だ。
田中さんも宮城県仙台市で毎月一度開催している「藍の会」の運営について話した。前島さんが通訳を務める。「会合の後、お茶とお菓子を出して雑談をするクールダウンの時間を設けている」というと「それはいい」と他の参加者から感想が述べられた。
午後からはアメリカ人講師キム・ルオッコ氏のワークショップに参加した。ルオッコ氏自身軍人だった夫をイラク戦争従軍後に自死で亡くした。当時の苦しかった胸の内、周囲との軋轢や受けた支援、子どもたちの反応を極めて率直に語る。それを豊富な専門知識と結びつけ、遺族支援のニーズとは何かを説明する。複雑な遺族の思いと最先端の支援技術とを結びつけて語ることができる世界的なプレゼンターだ。日本人参加者は口々に、「彼女の話を仲間の自死遺族や支援者に是非聞いてもらいたい」と言った。
2日目3日目は、ポストベンションの世界的な潮流、アボリジニコミュニティの自死遺族支援、自死遺族となった生徒たちへの学校での支援、心理学的な支援技術など、専門的な研究や実践が発表された。発表には必ず自死遺族が思いを語る時間がセットになっていた。当事者の現実の上に研究や実践があるのだ。田中さんも前島さんの通訳で登壇し、自らの体験、支援に必要な専門家のネットワークの作り方などを発表した。聴衆に深く理解されたという実感を持ったそうだ。
壇上で語る遺族の中には、言葉につまり立ちつくす人もいた。するとすぐに支援者がそっと横に立ち支える。会場内には体を休める場所があり、必要な時には専門家に話を聞いてもらうこともできる。
WHO(世界保健機関)は自死予防にはスティグマの解消が不可欠だとしているが、声を共有し、それを土台に支援を組み立てる姿勢は大きな力だ。
精一杯生きた命を共に悼む
最終日の午後、カンファレンスの成果として支援のガイドラインが発表されたあと、発表者が並んで登壇し、フロアからの質問に答えつつ、さらなる課題の討議があった。ここでカンファレンスは終了になるのが一般だろう。
だがその後、会場作り変えられ「ヒーリング・リメンバランス・サービス」というセレモニーが始まった。前面のスクリーンに自死者たちの生前の写真が映し出される。どのように生きたか短い説明ある。その下に一本の木が据えられ、テーブルに太い4本のロウソクが置かれた。弦楽三重奏が演奏される。
司会者のリードでセレモニーが始まる。遺族を慰める言葉。遺族が家族の死を悼む言葉。アボリジニーの青年が節をつけて短く言葉を発した後、英語でメッセージを述べた。祈りを込めた詩が読み上げられる。参加者一人一人が用意された蝶や鳩の形をした色紙に自死した家族や知人へのメッセージを書き、前に出て木に結ぶ。最後に代表のスタインズ氏は「愛、悲しみ、思い出、勇気」と言葉にしつつ4本のロウソクに火を灯した。目の前で老夫婦がそっと頭を寄せ合った。
プログラムによれば、このセレモニーは、このカンファレンスのハート(核心部)だそうだ。
後日、スタインズ氏に話を聞いた。セレモニーでは逝った人たちを「セレブレイトする(祝う)」のだという。筆者が怪訝な顔をしたのかもしれない。改めて「死を祝うのではありません。彼らが生きた命を祝うのです」と説明した。
苦しみつつ精一杯生きた命を共に悼むこと。それが自死遺族を支え、さらに困難な人たちと共に生きることにつながるのだと気付かされた。
執筆者: 杉山 春
雑誌編集者を経て、フリーのルポライター。著書に、『ルポ 虐待 大阪二児置き去り死事件』『家族幻想 ひきこもりから問う』(いずれもちくま新書)、『ネグレクト』(小学館、第11回小学館ノンフィクション大賞受賞)等がある。8月に『自死は、向き合える 遺族を支える、社会で防ぐ』(岩波ブックレット)を出版。
このコラムは平成28-29年度厚生労働科学研究費補助金障害者政策総合研究事業「外因死の背景要因とその遺族への心のケアに関する研究」によって作成したサイトに掲載されていたものです。研究代表者、著者の同意を得て、このサイトに掲載しております。