精神障がいのある人が家族(大切な人)をつくる支援

精神障がいのある人の恋愛

家族は人間が生きていく上での基盤となる存在である。家族には生まれ育った家族(定位家族)とパートナーとつくる家族(生殖家族)がある(山崎,2022)。従来、精神障がいのある人の家族支援と言えば、生まれ育った家族への支援、特に親への支援が中心であった。統合失調症圏のある人の婚姻率は15%(White et al., 2021)という研究結果もある。精神障がいがあっても地域で暮らす人が増えてきたとは言え、婚姻率は一般集団よりも低く、結婚の障壁がある。一方、昨今、一般集団でも結婚したいが諦める人や結婚しないことを選択する人も増え、価値観が変化している。精神障がいのある人の、結婚したいという希望に支援が必要なのかどうか、疑問に思う人も多いだろう。しかし、恋愛や結婚の障壁には、症状の影響で安定した関係を築きにくい、療養による経験不足、対人関係の苦手さ、社会参加の不足、自尊感情の低さ、経済的困窮、スティグマなどがあり、精神障がいそのもの、もしくは、二次障がいによる障壁があることから(坂田ら,2024)、恋愛や結婚も支援の対象になると考えられる。しかし、精神障がいのある人の恋愛を支援するプログラムで効果検証が行われているものは世界的に見てもわずかである。

愛する力を磨くピア学習プログラム「あいりき」

「あいりき」とは人を愛することに焦点を当てたプログラムであり、ファシリテーターを入れて10人未満の小グループで2日間(1日2時間)行う。ファシリテーターは3名程度で、精神障がいのある当事者(当事者)を中心としながらも、専門職も入り、対等な関係で進める。簡潔なテキストを用い、輪読をしながら体験や考えを共有する語り中心のプログラムであるが、相手に精神疾患のことをどう理解してもらうかなどのロールプレイ、自分にとって重要な人を振り返る演習、相手の良い所を伝える演習などが含まれている。各コマにテーマがあり、1限「自分にとっての恋愛とは」、2限「相手を理解する」、3限「出会い」、4限「長く付き合う」という流れである。
対面で実施した事前事後の評価では、自尊感情が高まる、希望が持てるようになる、コミュニケーションスキルが向上するといった効果がみられた(Kageyama et al.,2023)。オンライン版については検証を行っている段階である(Kusaka et al., 2024)。特に自尊感情は人と親密な関係を築く上で鍵となる。精神障がいがある人の自尊感情やコミュニケーションスキルを高めることは、リカバリーにもつながる。

性と生殖に関する健康と権利

誰にでも自分の身体に関する決定を行う権利がある。性と生殖に関する健康と権利をSexual and reproductive health and rights(SRHR)と言う。日本では、旧優生保護法でSRHRが侵害されてきた歴史があり、精神障がいのある人が子どもをつくるという事例が少なかったと考えられる。そのため、当事者や専門職の知識や経験知の不足、支援システムの整備不足などがある。調査でも、精神障がいのある人は、妊娠・授乳時の服薬、妊娠までの病状安定、育児サービスなど妊娠前に知っておくべき情報を知らない人が多いという結果が出ている(蔭山ら,2024)。また、精神障がいのある人が妊娠することに否定的な態度を持っている専門職も一定数存在するのが現状である。精神保健福祉専門職は、精神障がいがある人のSRHRが守られるように、性や生殖の支援にも目を向ける必要があると考える。

精神疾患のある人のリカバリーに向けたセクシュアリティ・サポートプログラム 「リカセク・サポプロ」

「リカセク・サポプロ」は、精神疾患のある人がセクシュアリティのことで困っている時や相談された時に支援する人がサポートできるようにするためのプログラムである。ファシリテーターを入れて8人未満の小グループで4時間実施する。国際セクシュアリティ教育ガイダンスに準拠したテキストと精神疾患に特徴的な内容をまとめたテキストの2種類を用いる。テキストから知識を獲得し、事例検討を通して気づきや学びを深める。このプログラムは、避妊や性感染症予防に焦点を当てたものではなく、国際セクシュアリティ教育ガイダンスに示された8つのキーコンセプトを扱う。人間関係、性の多面性、ジェンダーなど包括的に学ぶことが可能である。包括的性教育の内容に沿って実施するため、精神障がいのある人に性教育を行う際の参考にもなる。

精神障がいのある当事者との共創

家族(大切な人)をつくる支援が必要なのかどうか、筆者自身迷いながら実施してきた。精神障がいのある当事者の声に導かれて取り組みを開始し、彼らと一緒に調査を行い、プログラム開発、運営を行ってきた。家族(大切な人)をつくる支援のニーズは潜在化してわかりにくいかもしれない。専門職が意識的になり、そのニーズに気付いた時にこれらの研究が活用されることを期待している。

文献

・Kageyama M, Yokoyama K, Ichihashi K, et al. A peer-led learning program about intimate and romantic relationships for persons with mental disorders (AIRIKI): Co-creation pilot feasibility study. BMC Psychiarty, 23: 767, 2023
・蔭山正子,高橋幸子,市橋香代ら:精神疾患のある人の性と生殖に関する実態.日本看護科学学会誌, 44, 763-776, 2024.
・Kusaka M, Kageyama M, Yokoyama K, et al. Effects of an online program about intimate and romantic relationships for people with mental disorders (AIRIKI): a study protocol for a randomized controlled trial, BMC Psychiatry 24, 731, 2024.
・坂田里緒,蔭山正子:精神障がい当事者が認識する恋愛・結婚の障壁.精神障害とリハビリテーション, 28(1):94-101, 2024.
・山崎あゆみ:発達する家族,山崎あゆみ・原礼子:家族看護学改訂第3版.南江堂,9-16, 2022.
・White R, Haddock G, Campodonico C, et al. The influence of romantic relationships on mental wellbeing for people who experience psychosis: A systematic review. Clin Psychol Rev. Jun;86:102022, 2021.

参照ホームページ

「あいりき」
「精神疾患のある人の性と生殖に関する健康と権利」

大阪大学高等共創研究院
教授・保健師 蔭山正子

過去のトピックス


2025.11.29
2025年度統計数理研究所共同研究集会「自殺対策基本法20周年に向けて:学際的検討と現場の経験を踏まえての政策提言」(研究代表者 竹島正)が2026年1月30‐31日に開催されます。
2025.11.29
トピックス「精神障がいのある人が家族(大切な人)をつくる支援」を掲載しました。
2025.10.21
こども家庭庁「令和7年度こどもの自殺の多角的な要因分析に関する調査研究事業」に応募した研究計画不採択通知を公開しました
2025.09.14
「トラウマインフォームドケア研修「アディクションとトラウマ」(10月23日)を開催します
2025.07.22
「令和7年度自殺対策基礎研修 これだけは知っておこう-地域で自殺予防・自死遺族支援に取り組むために-」(主催CSPSS、本協議会共催)が開催されます
2025.06.27
令和7年度講演と座談「こどもと家庭をまもる-メンタルヘルスは何ができるか-」(7月18日)を開催します
2025.03.24
定款を改定しました(令和6年7月23日)
2025.03.24
会報に「アーカイブズ」を設けました
2024.11.05
2024年度統計数理研究所共同研究集会「学び、つながり、つくる-自殺対策基本法20周年に向けて」を開催します
2024.10.03
会報2023年号を掲載しました
2024.10.03
「自傷・オーバードーズを考える-相談支援におけるトラウマインフォームドケア研修」(11月11日)を開催します
2024.06.16
公益財団法人日本精神衛生会による第80回精神保健シンポジウム「地域に潜むメンタルヘルスニーズに応えるために:医療現場の実践から」(8月10日)が開催されます
2024.06.11
令和6年度総会記念 講演と座談「優生学と人間社会-科学史を糸口に」を開催します
2024.01.25
本協議会主催による保健所・精神保健福祉センター・市区町村等を対象にした「相談支援におけるトラウマインフォームドケア研修―虐待サバイバーとともに考える」(3月8日)を開催します
2023.10.30
2023年度統計数理研究所共同研究集会「持続可能な自殺対策の構築-自殺対策基本法20周年に向けて」(12月1-2日)を開催します
2023.09.22
会報2022年号を掲載しました
2023.06.03
7月19日に講演と対談「スピリチュアルケアとメンタルヘルスケアの連携―揺れ動く社会の中でー」を開催します
2023.05.15
過年度報告を掲載しました
役員名簿を掲載しました
2023.02.10
コラムを掲載しました
地方協会名簿を更新しました
リンク集を更新しました
2023.01.10
令和5年2月17日・24日の2日間、保健所、精神保健福祉センター、市町村職員向けの相談支援におけるトラウマインフォームドケア研修を実施します(参加費無料、ウエブ開催)
2023.01.10
各都道府県等の精神保健福祉協会のサイトを掲載しました
2022.11.17
「行動制限最小化の普及のために−コア・ストラテジーとTICを学ぶ−」を開催します
2022.09.26
新型コロナウイルス(COVID-19)感染症の世界的流行後における自殺予防・遺族支援のあり方に関する学際的研究集会「自殺対策の持続可能な発展に向けて」が開催されます。本協議会はこの研究集会に協力しております。ぜひご参加ください
2022.09.26
「日本における第二次世界大戦の長期的影響に関する学際シンポジウム2022-戦争について語ること、セーフスペースを考える-」を開催しています。本協議会はこのシンポジウムに協力しております。ぜひご参加ください。
2022.01.25
新型コロナウイルス感染症の世界的流行下における自殺予防・自死遺族支援のための学際的・共同研究集会の報告を掲載しました
2022.01.06
全国精神保健福祉連絡協議主催、TICCこころのケガを癒すコミュニティ事業(Trauma Informed Care/Community:TICC事業)の企画協力にて「第1回トラウマインフォームドケア企画研修」を開催します
2021.09.27
新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的流行下における自殺予防・自死遺族支援のための学際的・共同研究集会が開催されます
2021.08.11
「Trauma Lens-こころのケガに配慮するケア」が公開されました
「TICCこころのケガを癒やすコミュニティ事業」が公開されました
「こころとくらし-精神障害当事者の地域生活にかかわる研究結果紹介サイト-」が公開されました
2021.06.21
アーカイブスを設け、クラーク勧告を掲載しました
2020.04.21
トップページに「新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大-私たちにできること」を掲載しました
2020.03.11
30年度報告元年度計画を掲載しました
会報(No.63)を掲載しました
2020.03.04
ワークショップ「コミュニティのトラウマとメンタルヘルス-第二次世界大戦のトラウマとケア-」の要旨を掲載します

更新履歴

ガイドライン報告書

研究報告書 バーチャル美術館 研究報告書

WHO自殺を予防す